はい、承知いたしました。以下に『悲華経』第六巻および第七巻における宝海梵志の「五百の誓願」とその後の補足的な弘誓の日本語訳を、ご提示の構造と番号付けを維持して作成します。仏教用語は一般的な日本語訳を用い、原文の意図をできる限り忠実に再現するよう努めました。
『悲華経』リンク: http://cbeta.buddhism.org.hk/xml/T03/T03n0157_001.xml 以下は、ご要望に基づき、『悲華経』第六巻および第七巻における宝海梵志の「五百の誓願」およびその後の補足的な弘誓(「世尊よ、我今、自ら六波羅蜜を行じ、衆生を調伏せん…」から始まり、転輪聖王が話す直前まで)の完全な構造化リストです。
2. 宝海梵志五百の誓願本体 - 大願の数: 518
3. 補足の弘誓 - 大願の数: 96
『悲華経』第六巻、第七巻:宝海梵志大願詳録
序論: 善男子よ、宝海梵志、この偈を説いて仏を讃嘆し已(おわ)る。この時、一切の大衆皆讃嘆して言(のたま)わく、「善哉、善哉、大丈夫(だいじょうぶ)よ。善く如来の真実にして妙勝の相を讃嘆したまえり」と。
1. 菩薩道を行じ成仏して衆生を度するの願(「五百の誓願」本体内容)
1.1. 菩薩行の総願及び六波羅蜜の願
1.1.1. 五濁悪世の罪苦の衆生を捨てざるの根本願 (1). 来世に至るまで、一恒河沙等の阿僧祇劫を過ぎ、第二の恒河沙等の阿僧祇劫の後分に入り、賢劫中に人寿千歳ならん時、我まさにその時菩薩道を行ぜん。 (2). (我まさにその時)久しく生死に在りて諸苦を忍受せん。 (3). (我まさにその時)諸の菩薩の三昧の力を以ての故に、要(かなら)ずまさに是(かく)の如き(五濁悪世の厚重なる煩悩、能く五逆をなし、正法を毀壊し、聖人を誹謗し、邪見を行じ、聖の七財を離れ、父母に不孝にして、諸の沙門・婆羅門の所に於いて、心に恭敬なく、作(な)すべからざるを作し、作すべきを作さず、福事を行ぜず、後世を畏れず、三福処に於いて、心に行ぜんと欲することなく、天上人中の果報を求めず、勤めて十悪を行じ、三不善に趣き、善知識を離れ、真実の智慧に親近することを知らず、三有生死の獄中に入り、四流に随って流れ、灰河に没在し、痴に盲いられ、諸の善業を離れ、専ら悪業を行ずる。是の如き衆生は、諸仏の世界の容受せざる所にして、是の故に此の世界に擯集(ひんじゅう)せられ、善業を離るるを以て、不善業を行じ、邪道を行じ、重悪の罪、積もること大山の如し)衆生を捨てざるべし。
1.1.2. 檀波羅蜜(布施)を行ずるの願 (4). 世尊よ、我今、自ら六波羅蜜を行じ、衆生を調伏せん。 (5). 我、檀波羅蜜を行ずる時、もし衆生ありて世々我に所須を乞求(こつぐ)せば、その求むる所に向って、要(かなら)ずまさに飲食を給足(きゅうそく)すべし。 (6). (まさに給足すべし)医薬を。 (7). (まさに給足すべし)衣服を。 (8). (まさに給足すべし)臥具を。 (9). (まさに給足すべし)舎宅聚落を。 (10). (まさに給足すべし)華香を。 (11). (まさに給足すべし)瓔珞を。 (12). (まさに給足すべし)塗身の香を。 (13). (まさに)病者に医薬を供給すべし。 (14). (まさに病者に)侍使を供給すべし。 (15). (まさに給足すべし)幢幡を。 (16). (まさに給足すべし)宝蓋を。 (17). (まさに給足すべし)銭財を。 (18). (まさに給足すべし)穀帛を。 (19). (まさに給足すべし)象馬を。 (20). (まさに給足すべし)車乗を。 (21). (まさに給足すべし)金銀を。 (22). (まさに給足すべし)銭貨を。 (23). (まさに給足すべし)真珠を。 (24). (まさに給足すべし)瑠璃を。 (25). (まさに給足すべし)頗梨を。 (26). (まさに給足すべし)珂貝を。 (27). (まさに給足すべし)璧玉を。 (28). (まさに給足すべし)珊瑚を。 (29). (まさに給足すべし)真宝を。 (30). (まさに給足すべし)偽宝を。 (31). (まさに給足すべし)天冠を。 (32). (まさに給足すべし)拂飾を。 (33). 是の如き等の物、我、衆生に於いて乃至貧窮に至るまで、大悲心を生じて悉く以て施与せん。 (34). 是の施しを作(な)すと雖も、天上人中の果報を求めず。 (35). ただ衆生を調伏し摂受せんが故に、是の因縁を以て、諸の所有を捨てん。 (36). もし衆生ありて、過量を乞求(こつぐ)す、所謂(いわゆる)奴婢、聚落、城邑、妻子、男女、手脚、鼻舌、頭目、皮血、骨肉、身命なり。是の如き過量の物を乞求せば、その時、我まさに大悲心を生じ、此の諸物を以て、持(も)って布施に用いん。 (37). (過量の物を布施する時)果報を求めず。 (38). (過量の物を布施する時)ただ衆生を調伏し摂受せんが故なり。 (39). 世尊よ、我、檀波羅蜜を行ずる時、(願わくは)過去の菩薩の檀波羅蜜を行ぜし者の及ぶ能(あた)わざる所ならしめよ。 (40). (願わくは)未来の菩薩のまさに阿耨多羅三藐三菩提心を発(おこ)し、檀波羅蜜を行ぜん者も亦及ぶ能わざる所ならしめよ。 (41). 世尊よ、我、来世に於いて菩薩道を行ぜんが故に、百千億劫に於いてまさに是の如き檀波羅蜜を行ずべし。 (42). 世尊よ、未来の世にもし菩薩道を行ぜんと欲する者あらば、我まさに是の者の為に檀波羅蜜を行じ、断絶せしめざらん。
1.1.3. 尸羅波羅蜜(持戒)を行ずるの願 (43). 我、初めて尸羅波羅蜜に入る時、阿耨多羅三藐三菩提の故に、種々の戒を持(たも)たん。 (44). (阿耨多羅三藐三菩提の故に)諸の苦行を修せん。 (45). 檀(波羅蜜)の中に説くが如く、(願わくは)我れ無我を観ずる故に、五情、五塵の傷(やぶ)る所と為らざれ。
1.1.4. 羼提波羅蜜(忍辱)を行ずるの願 (46). 此の羼提波羅蜜、我、是の如く羼提波羅蜜を行ずるも亦上の説の如し(有為の法を観じ、諸の過悪を離れ、無為の法を見て、微妙寂滅なり)。
1.1.5. 毘梨耶波羅蜜(精進)を行ずるの願 (47). (我、毘梨耶波羅蜜を行ずる時)精勤修集せん。 (48). (我、毘梨耶波羅蜜を行ずる時)無上道に於いて退転を生ぜざらん。 (49). 此の毘梨耶波羅蜜、我も亦是の如く毘梨耶波羅蜜を行ぜん。
1.1.6. 禅波羅蜜(禅定)を行ずるの願 (50). もし一切処に空相を修行して寂滅の法を得ば、是を禅波羅蜜と名づく(我願わくは是の如く禅波羅蜜を行ぜん)。
1.1.7. 般若波羅蜜(智慧)を行ずるの願 (51). もし諸法は本(もと)無生の性と解(げ)せば、今は則ち無滅なり、是を般若波羅蜜と名づく(我願わくは是の如く般若波羅蜜を行ぜん)。 (52). 我、無量百千億阿僧祇劫に於いて、堅固に、精勤して、般若波羅蜜を修集せん。 (53). (何故(いかん)となれば…)是の故に我今まさに来世に於いて阿耨多羅三藐三菩提心を発すべし。 (54). (我今まさに来世に於いて)菩薩道を修すべし。 (55). (我今まさに来世に於いて菩薩道を修し)諸の善法をして断絶あること無からしめん。
1.2. 衆生のために苦を受け、及び種々の方便を以て教化するの願
1.2.1. 発心と果報を求めざること (56). 我、初めて心を発(おこ)し已(おわ)りて、未来の諸の菩薩等の為に、大悲を開示し、乃至涅槃に至らん。 (57). (願わくは我が大悲の名を聞くことを得る者あらば、心に驚怪を生じ、未曾有と嘆ぜん。) (58). 是の故に我、布施に於いて、自ら称讃せず。 (59). (我)持戒に依らず。 (60). (我)忍辱を念ぜず。 (61). (我)精進に猗(よ)らず。 (62). (我)諸禅を味わわず。 (63). 所有の智慧、三世に著せず。 (64). 是の如き六波羅蜜を行ずと雖も、果報を求めず。
1.2.2. 特定の悪業の衆生のために六度を修し、及び苦を代受すること (65). 諸の衆生ありて聖の七財を離れ、諸仏の世界の擯棄(ひんき)する所にして、五逆罪を作(な)し、正法を毀壊(きえ)し、賢聖を誹謗し、邪見を行じ、重悪の罪、猶(なお)大山の如く、常に邪道の覆蔽(ふくへい)する所なり。是の故に我今、是の衆生の為に専心荘厳し、精勤修集して六波羅蜜を行ぜん。 (66). 我、一一の衆生の善根を種(う)ゆるが故に、十劫の中に於いて、阿鼻地獄に入りて無量の苦を受けん。 (67). (一一の衆生の善根を種ゆるが故に、十劫の中に於いて、)畜生(道中に在りて無量の苦を受けん)。 (68). (一一の衆生の善根を種ゆるが故に、十劫の中に於いて、)餓鬼(道中に在りて無量の苦を受けん)。 (69). (一一の衆生の善根を種ゆるが故に、十劫の中に於いて、)貧窮、鬼神(中に在りて無量の苦を受けん)。 (70). (一一の衆生の善根を種ゆるが故に、十劫の中に於いて、)卑賤の人中に在りても、亦復(またまた)是の如し(無量の苦を受けん)。 (71). もし衆生ありて、空しく善根なく、失念し燋心(しょうしん)せば、我悉く摂取して之を調伏せん。 (72). (もし衆生ありて、空しく善根なく、失念し燋心せば、我悉く摂取して之を調伏し)善根を種えしめん。 (73). 乃至賢劫、その中間に於いて、終(つい)に天上人中に在りて諸の快樂を受くることを願わず、唯(ただ)一生兜率天に処して時を待ち成仏するを除く。
1.2.3. 諸仏を広大に供養し、及び衆生を教化すること (74). 我、応(まさ)に是の如く久しく生死に処し、一仏世界の微塵等の劫の如く、諸の所須を以て諸仏を供養すべし。 (75). 一衆生の善根を種ゆるが故に、一仏世界の微塵数等の諸の供養具を以て、十方無量無辺の一一の諸仏を供養せん。 (76). 亦、十方無量無辺の一一の仏所に於いて、一仏世界の微塵数等の諸の善功徳を得ん。 (77). 一一の仏前に於いて、復(また)一仏世界の微塵数等の衆生を教化し、無上菩提の道に住せしめん。 (78). (一一の仏前に於いて、復一仏世界の微塵数等の衆生を教化し、)縁覚(の道に住せしめん)。 (79). (一一の仏前に於いて、復一仏世界の微塵数等の衆生を教化し、)声聞(の道に住せしむるも)亦復是の如く、諸の衆生の願う所に随って教えん。
1.2.4. 無仏の世及び類に随って化身し教化すること (80). もし世界に仏未だ世に出でざるあらば、願わくは仙人と作りて、諸の衆生を教え、十善に住せしめん。 (81). (願わくは仙人と作りて、諸の衆生を教え、)五神通の中に住せしめん。 (82). (願わくは仙人と作りて、諸の衆生を教え)諸見を遠離せしめん。 (83). もし衆生ありて摩醯首羅天に事(つか)えなば、我願わくは摩醯首羅の如く化身して、之を教化し、善法に住せしめん。 (84). 八臂(はっぴ)なる者に事えなば、亦願わくは八臂天身と化(け)して、之を教化し、善法に住せしめん。 (85). 日月(天)に事えなば、亦願わくは日月(天)身と化して、之を教化し、善法に住せしめん。 (86). 梵天に事えなば、亦願わくは梵(天)身と化して、之を教化し、善法に住せしめん。 (87). 金翅鳥に事うる者あらば、(願わくは金翅鳥身と化し随って教化し、善法に住せしめん)。 (88). (乃至)兎に事えなば、願わくは兎身と化し随って教化し、善法に住せしめん。
1.2.5. 身を捨てて衆生を救護すること (89). もし饑餓の衆生を見ば、我まさに身の血肉を以て之に与え、其をして飽満せしめん。 (90). もし衆生ありて諸罪を犯さば、まさに身命を以て其の罪を代受し、救護を作(な)さん。
1.3. 賢劫の初め、拘留孫仏の時に特定の悪業の衆生を教化するの願 (91). 世尊よ、未来世に諸の衆生ありて、諸の善根を離れ、善心を焼滅せん。我その時に於いて、是の衆生の為にまさに勤精進して菩薩道を行ずべし。 (92). (我その時に於いて、是の衆生の為に)生死の中に在りて諸の苦悩を受けん。 (93). 乃至一恒河沙等の阿僧祇劫を過ぎ、第二の恒河沙等の阿僧祇劫の後分に入り、初めて賢劫に入り、火鬘摩納(かまんまな)阿耨多羅三藐三菩提を成り、字(あざな)を拘留孫如来と曰(い)う時、我が教化する所の、諸の善業を離れ、不善業を行じ、善心を焼燋(しょうしょう)し、聖の七財を離れ、五逆罪を作し、正法を毀壊し、聖人を誹謗し、邪見を行じ、重悪の罪、猶大山の如く、常に邪道の覆蔽する所にして、無仏世界の棄捐(きえん)する所の者をして、阿耨多羅三藐三菩提心を発(おこ)さしめん。 (94). (此等の衆生をして)檀波羅蜜を行ぜしめん。 (95). (此等の衆生をして)乃至般若波羅蜜を行ぜしめん。 (96). (此等の衆生をして)不退転の地に安止住せしめん。 (97). (此等の衆生をして)皆成仏せしめん。 (98). (此等の衆生皆成仏し已(おわ)りて)十方に於いて一仏土の微塵数等の諸仏世界に在りて正法輪を転ぜしめん。 (99). (此等の衆生をして)諸の衆生をして阿耨多羅三藐三菩提に於いて、諸の善根を種えしめん。 (100). (諸の衆生をして)悪道を出離せしめん。 (101). (諸の衆生をして)安止得住せしめん。 (102). (諸の衆生をして)功徳智慧助菩提法なる者を得住せしめば、願わくは我その時悉く之を見んことを得ん。
1.4. 自ら勧化せる衆生の成佛を見証するの願 (103). 世尊よ、もし諸仏ありて在在処処に、諸の衆生を遣(つかわ)して仏所に至らしめ、阿耨多羅三藐三菩提の記を受け、陀羅尼を得せしめば。 (104). (得せしめば)三昧を。 (105). (得せしめば)忍辱を。 (106). (せしめば)即ち次第に菩薩の位に上(のぼ)ることを得ん。 (107). (せしめば)種々の荘厳世界に於いて得ることを得ん。 (108). (せしめば)各各悉く随意に求むる所を得、浄仏土を取らん。 (109). 是の如き衆生は悉く是れ我が勧化する所の者なり。賢劫中に入り、拘留孫仏出世の時、是の如き等の衆も、亦十方に於いて微塵等の諸仏世界の如く、阿耨多羅三藐三菩提を成り、在在処処に世に住して法を説くも亦我に見せしめよ。
1.5. 賢劫の諸仏出世の時の行願
1.5.1. 拘留孫仏の世に於いて (110). 世尊よ、拘留孫仏成仏の時、我其の所に至り、諸の供具を以て之を供養せん。 (111). (拘留孫仏の所に於いて)種々出家の法を咨問(しもん)せん。 (112). (拘留孫仏の法の中に於いて)清浄の戒を持(たも)たん。 (113). (拘留孫仏の法の中に於いて)広く多聞を学ばん。 (114). (拘留孫仏の法の中に於いて)専ら三昧を修せん。 (115). (拘留孫仏の法の中に於いて)勤めて精進を行ぜん。 (116). (拘留孫仏の法の中に於いて)微妙の法を説かん、唯如来を除いて余は能く勝(すぐ)るること無し。 (117). 是の時、或は鈍根の衆生ありて諸の善根なく、邪見に堕し、不正道を行じ、五逆罪を作し、正法を毀壊し、聖賢を誹謗し、重悪の罪猶大山の如きあらば、我時まさに是の如き衆生の為に、正法を説いて摂取調伏せん。 (118). 仏(拘留孫仏)日没し已(おわ)りて、我其の後に於いて、自然(じねん)に無量の仏事を当作(とうさ)せん。
1.5.2. 倶那含牟尼仏、迦葉仏等の世に於いて (119). 倶那含牟尼(仏世に住して法を説かんに、我も亦是の如く供養し、修学し、衆生を調伏し)乃至自然に仏事を作すも、亦復是の如し。 (120). 迦葉仏等世に住して法を説かんに、(我も亦是の如く供養し、修学し、衆生を調伏し)乃至自然に仏事を作すも、亦復是の如し。
1.5.3. 人寿千歳の時に於いて (121). 乃至人寿千歳ならん時、我その時に於いて諸の衆生に勧め、三福処に於いて(修行せしめん)。 (122). 千歳を過ぎ已(おわ)りて、天上に上生し、諸の天人の為に正法を講説し、調伏を得せしめん。
1.6. 人寿百二十歳の五濁悪世に成仏する前の入胎及び胎中の行願
1.6.1. 降生の因縁と処所 (123). 乃至人寿百二十歳ならん時、(種々の悪行の衆生の五濁悪世に面して)、世尊よ、願わくは我その時兜率天より下らん。 (124). (願わくは我その時)最勝の転輪王家に生まれん。 (125). (願わくは我その時)もし(生まるるは)自在王家ならん。 (126). (願わくは我その時)第一の大夫人の胎に処せん。 (127). (願わくは我その時胎に処するは)諸の衆生の為に其の心を調伏し、善根を修せんが故なり。
1.6.2. 入胎の光明普照し衆生を利益する (128). 尋(つ)いで胎に入る時、大光明を放ち、其の光微妙にして遍く娑婆世界を照らし、金剛際より上は阿迦尼吒天に至らん。 (129). 彼の所有の諸の衆生等をして、もし地獄に在らば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (130). (彼の所有の諸の衆生等)もし畜生に在らば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (131). (彼の所有の諸の衆生等)もし餓鬼に在らば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (132). (彼の所有の諸の衆生等)もし天上に在らば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (133). (彼の所有の諸の衆生等)もし人中に在らば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (134). (彼の所有の諸の衆生等)もし有色ならば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (135). (彼の所有の諸の衆生等)もし無色ならば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (136). (彼の所有の諸の衆生等)もし有想ならば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (137). (彼の所有の諸の衆生等)もし無想ならば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (138). (彼の所有の諸の衆生等)もし非有想ならば(悉く我が微妙の光明を見んことを願う)。 (139). (彼の所有の諸の衆生等)もし非無想ならば、悉く我が微妙の光明を見んことを願う。 (140). もし光身に触れなば亦知ることを得んことを願う。 (141). 光を見知するを以ての故に、悉く生死の過患を分別することを得ん。 (142). (光を見知するを以ての故に、悉く)無上寂滅の涅槃を勤求せん。 (143). (光を見知するを以ての故に)乃至一念に諸の煩悩を断ぜん、是を諸の衆生をして初めて涅槃の根栽を種えしむと名づく。
1.6.3. 胎中の修行及び衆生を利益する (144). 願わくは我、胎に処すること十月に於いて、一切法を選択し、一切法門に入ることを得ん、所謂無生空三昧門なり。 (145). (願わくは我)未来世無量劫中に於いて此の三昧を説き、善決定心尽くるを得べからず。 (146). もし我出胎し阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りなば、彼(光明及び胎教に因りて善根を種えし)の諸の衆生、我まさに抜き出して生死を離れしむべし。 (147). 是の如き等の衆悉く我を見せしめよ。 (148). 母胎に処すること十月を満たすと雖も、然るに其の実は是れ珍宝三昧に住す。 (149). (母胎に処すること十月を満たすと雖も、然るに其の実は是れ)結跏趺坐す。 (150). (母胎に処すること十月を満たすと雖も、然るに其の実は是れ)正受思惟す。
1.7. 降生及び童子、太子、出家の示現の願
1.7.1. 出胎の示現、衆生を利益する (151). 十月満ち已(おわ)りて右脇より出でん。 (152). 一切功徳成就三昧の力を以ての故に、娑婆世界をして、金剛際より上は阿迦尼吒天に至るまで六種に震動せしめん。 (153). 其の中の衆生、或は地獄、畜生、餓鬼、天上人中に処する者、悉く惺悟(しょうご)することを得ん。 (154). その時、復微妙の光明を以て、遍く娑婆世界を照らし、亦無量の衆生を惺悟することを得ん。 (155). もし衆生ありて未だ善根を種えざれば、我まさに安止して善根を種えしめん。 (156). 涅槃中に於いて善根を種え已(おわ)りて、諸の衆生をして三昧の芽を生ぜしめん。 (157). 我右脇より出でて足地に蹈(ふ)む時、復願わくは娑婆世界、金剛際より上は阿迦尼吒天に至るまで、六種に震動せん。 (158). 所有の衆生、水に依る(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (159). (所有の衆生)地に依る(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (160). (所有の衆生)虚空に依る(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (161). (所有の衆生)胎生(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (162). (所有の衆生)卵生(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (163). (所有の衆生)湿生(五道に在る者、悉く惺悟することを得ん)。 (164). (所有の衆生)化生、五道に在る者、悉く惺悟することを得ん。 (165). もし衆生ありて未だ三昧を得ざれば、願わくは皆之を得せしめよ。 (166). 三昧を得已(おわ)りて、安止して三乗法中の不退転地に住せしめん。 (167). 我既に生まれ已(おわ)りて、娑婆世界の所有の諸天、梵王、魔天、忉利諸天及び日月天、四天王、諸大龍王、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、化生神仙、夜叉、羅刹、悉く尽く来たりて共に我を供養せしめよ。 (168). 我をして生まれ已(おわ)りて、尋(つ)いで七歩を行ぜしめよ。 (169). 七歩を行じ已(おわ)りて、選択功徳三昧の力を以ての故に、正法を説かん。 (170). (正法を説いて)諸の大衆をして心に歓喜を生ぜしめん。 (171). (正法を説いて、諸の大衆をして)三乗に住せしめん。 (172). 此の衆の中に於いて、もし衆生ありて声聞を学する者あらば、願わくは此の生を尽くして便(すなわ)ち調伏を得せしめよ。 (173). もし縁覚乗を習学する者あらば、一切皆日華忍辱を得せしめよ。 (174). 大乗を学する者あらば、皆金剛愛護大海三昧を執持(しゅうじ)することを得せしめよ。 (175). (大乗を学する者)三昧の力を以ての故に、三住を超過せん。 (176). 我その時に於いて洗浴を悕求(けく)せんに、願わくは最勝の大龍王来たりて我が身を洗浴せん。 (177). (龍王我が身を洗浴する時)衆生見る者即ち三乗に住し、得る所の功徳上の説の如し。
1.7.2. 童子、太子、出家の示現 (178). 我、童子と為りて羊車に乗る時、示現する所の種々の伎術は、一切の諸の衆生を悟らしめんが故なり。 (179). 宮殿、妻子、綵女(さいにょ)、五欲の中に処し、共に相娛樂するも、(願わくは能く)其の過患を見ん。 (180). (願わくは能く)夜半に出城せん。 (181). (願わくは能く夜半に出城する時)諸の瓔珞厳身の具を除かん。 (182). (願わくは能く夜半に出城する時、)尼揵子(にけんし)等の諸外道師を破壊せんが為に欲す。 (183). (願わくは能く)衣服を恭敬する故に、我袈裟を着て菩提樹下に至らん。
1.8. 菩提樹下での修行、成道及び衆生を度するの願
1.8.1. 菩提樹下の衆生の発願及び得益 (184). 衆生、我の菩提樹下に処するを見て、皆悉く願を発(おこ)し、我をして速やかに一切功徳成就三昧の力を以て三乗の法を説かしめんと欲せん。 (185). (衆生)是の法を聞き已(おわ)りて、三乗の中に於いて、深重の欲を生ぜん。 (186). (衆生是の法を聞き已りて、三乗の中に於いて)勤めて精進を行ぜん。 (187). もし已に声聞乗を発せる者あらば、煩悩を脱せしめん。 (188). (もし已に声聞乗を発せる者あらば)要(かなら)ず一生在りてまさに我が所に於いて調伏を得べし。 (189). もし已に縁覚乗を発せる者あらば、皆悉く日華忍辱を得せしめん。 (190). もし已に大乗の者を発せる者あらば、皆金剛愛護大海三昧を執持することを得せしめん。 (191). (もし已に大乗の者を発せる者あらば)三昧の力を以ての故に、三地を超過せん。
1.8.2. 苦行の示現及び衆生の見聞利益 (192). 我、自ら草を受け菩提樹下に於いて、金剛座処に敷かん。 (193). (我自ら草を受け菩提樹下に於いて)結跏趺坐せん。 (194). (我自ら草を受け菩提樹下に於いて)身心正直ならん。 (195). (我自ら草を受け菩提樹下に於いて)念を阿頗三昧(あはさんまい)に繋(か)けん。 (196). 三昧の力を以ての故に、入出息をして、停住寂静ならしめん。 (197). 此の定中に於いて、一日一夜、日に半麻半米を食せん。 (198). 其の余半を以て、他人に持施せん。 (199). 我是の如く久遠に苦行を修集せば、娑婆世界、上は阿迦尼吒に至るまで、我が名を聞く者、皆我が所に到り、我を供養せん。 (200). 我是の如き苦行、是の如き等の衆悉くまさに我が為に証明を作(な)すべし。 (201). もし衆生ありて声聞乗に於いて善根を種ゆる者あらば、世尊よ、願わくは是等の者をして諸の煩悩に於いて心寂静なることを得せしめよ。 (202). (もし衆生ありて声聞乗に於いて善根を種ゆる者あらば)もし余の一生あらば要(かなら)ず我が所に至り、我まさに調伏すべし。 (203). 縁覚(に善根を種ゆる者も、亦復是の如く其をして利益を得せしめよ)。 (204). 大乗(に善根を種ゆる者も)、亦復是の如し(其をして利益を得せしめよ)。 (205). もし諸の龍、鬼神、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、餓鬼、毘舎遮、五通神仙ありて、我が所に至り、我を供養せば。 (206). 我是の如き苦行、是等の衆生皆証明と為らん。 (207). もし已に声聞を学する(者ありて我が所に来たり供養し、我が苦行を証明せば、亦利益を得せしめよ)。 (208). (もし已に)縁覚を学する(者ありて我が所に来たり供養し、我が苦行を証明せば、亦利益を得せしめよ)。 (209). (もし已に)及び大乗を学する者、(我が所に来たり供養し、我が苦行を証明せば、亦利益を得せしめよ)。 (210). もし四天下の衆生ありて、外道を修し、粗食苦行する者、(非人の我が苦行を称讃するを聞き已(おわ)りて)、願わくは是の諸人、其の修する所を捨てん。 (211). (願わくは是の諸人)悉く我が所に来たりて我が苦行を観ん。 (212). 或は(已に)声聞を学する(者ありて我が苦行を観に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (213). 乃至大乗(の者ありて我が苦行を観に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (214). もし諸王、大臣、人民、在家出家、一切我の是の苦行を行ずるを見て、我が所に来たりて我を供養せば。 (215). 或は(已に)声聞を学する(者ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (216). (或は已に)縁覚を学する(者ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (217). (或は已に)大乗を学する(者ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (218). もし女人ありて我が苦行を見て、我が所に来たりて我を供養せば、是の諸女人受くる所の身分は、即ち是れ後身なり。 (219). もし(已に)声聞を学する(女人ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (220). (もし已に)縁覚を学する(女人ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (221). (もし已に)大乗を学する(女人ありて我が苦行を見て供養に来たらば、亦利益を得せしめよ)。 (222). もし諸の禽獣ありて我が苦行を見て、亦我が所に至らば、是の諸禽獣此の命終に於いて、更に復畜生の身を受けじ。 (223). もし(已に)声聞乗を発せる(禽獣ありて我が所に至らば)、余の一生在りて要(かなら)ず我が所に至り、而して調伏を得ん。 (224). もし(已に)縁覚心を発せる(禽獣ありて我が所に至らば)、亦復是の如し。 (225). 乃至微細の小虫(我が苦行を見ば、亦是の如く度を得ん)。 (226). (乃至)餓鬼(我が苦行を見ば)、亦是の如し(度を得ん)。 (227). 我是の如く久遠に苦行し一結跏趺坐の時、百千億那由他等の無量の衆生我が為に証明せん。 (228). (願わくは)是の如き衆生已に無量無辺阿僧祇劫に於いて解脱の子を種えん。 (229). 世尊よ、我是の如き苦行、(願わくは)過去の衆生未だ曾て能く是の如き行を作(な)すこと有らず、及び余の外道、声聞、縁覚、大乗の人も、亦能く是の如き苦行を作すこと有ること無し。 (230). 世尊よ、我是の如き苦行、(願わくは)未来の衆生も亦能く作すこと無く、及び余の外道、声聞、縁覚、大乗の人も、亦能く是の如き苦行を作すこと有ること無し。
1.8.3. 降魔成道及び衆生を度化する (231). 我未だ阿耨多羅三藐三菩提を成ぜざる時、已に能く大事を作(な)す、所謂魔王及び其の眷属を破壊するなり。 (232). 我願わくは煩悩魔を破らん。 (233). (我願わくは)阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、一衆生の為に阿羅漢の勝妙果中に安住し、爾(そ)の時に随って、残業報身を現受せん。 (234). 是の如く第二の衆生阿羅漢(の勝妙果中に安住し、爾の時に随って、残業報身を現受せん)。 (235). (是の如く)第三(の衆生阿羅漢の勝妙果中に安住し、爾の時に随って、残業報身を現受せん)。 (236). (是の如く)第四も亦復是の如し。 (237). 我一一の衆生の故に、百千無量の神足を示現し、正見の中に安住せしめんと欲す。 (238). 一一の衆生の故に、百千無量の法門の義を説き、其の堪(た)うる所に随って聖果に住せしめん。 (239). 金剛の智慧を以て、一切衆生の諸の煩悩山を破らん。 (240). 諸の衆生の為に三乗の法を説かん。 (241). 一一の衆生の故に、百千由旬を過ぎて神力を乗ぜず、其の所に往至して而して為に法を説かん。 (242). (一一の衆生の故に、百千由旬を過ぎて神力を乗ぜず、其の所に往至して而して為に法を説き)無所畏の中に安住することを得せしめん。 (243). 或は諸人ありて我が法中に出家せんと欲する者あらば、願わくは障閡(しょうげ)(所謂羸劣(るいれつ)、失念、狂乱、憍慢、畏懼(いく)あること無く、痴にして智慧無く、諸結多くして其の心散乱する等の障)無からん。 (244). もし女人ありて我が法に出家学道し大戒を受けんと欲する者あらば、(願わくは其の)大願を成就せん。 (245). 我が諸の四衆、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、悉く供養を得ん。 (246). 願わくは諸天人及び諸鬼神、四聖諦を得ん。 (247). (願わくは)諸龍(八戒を受持し、浄梵行を修せん)。 (248). (願わくは)阿修羅(八戒を受持し、浄梵行を修せん)。 (249). (願わくは)及び余の畜生、八戒を受持せん。 (250). (願わくは諸龍、阿修羅及び余の畜生)浄梵行を修せん。
1.9. 成仏後、怨敵を教化し、化仏にて衆生を度し、及び臨終に救度するの願
1.9.1. 怨敵を転化し、悪縁を化解する (251). 我、阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、もし衆生ありて我に瞋(いか)りを生じ、或は刀杖火坑及び余の種々を以て、我を残害せんと欲し、或は悪言を以て誹謗罵詈(めり)し、遍く十方界にして軽毀(きょうき)を作(な)し、もし毒食を持(も)って以て我に飯(めし)せば、是の如き残業、我悉く之を受けん。 (252). ()阿耨多羅三藐三菩提を成ずる(後)、往昔所有の怨賊の衆生、害心(がいしん)を起し、種々の悪言、雑毒食を以て、我が身の血を出さば、是の如き等の人、悉く悪心を以て我が所に来至せんに、我まさに戒、多聞、三昧、大悲薰心(くんしん)、梵音妙声を以て而して為に法を説くべし。 (253). 彼(怨敵)をして聞已(ききおわ)りて心清浄を生ぜしめん。 (254). (彼の怨敵をして聞已りて)善法に住せしめん。 (255). (彼の怨敵をして)所作の悪業、尋(つ)いで便(すなわ)ち懺悔せしめん。 (256). (彼の怨敵の所作の悪業をして)更に復作(な)さざらしめん。 (257). 悉く(怨敵をして)天上人中に生ずることを得、障閡無からしめん。 (258). (彼の怨敵をして)天人中に生じ、妙解脱を得せしめん。 (259). (彼の怨敵天人中に生じて)勝果に安住せん。 (260). (彼の怨敵天人中に生じて)諸の欲悪を離れん。 (261). (彼の怨敵天人中に生じて)永く諸流を断ぜん。 (262). (彼の怨敵天人中に生じて)障閡の業尽きん。 (263). もし諸の衆生に残業ある者あらば、皆悉く尽きて遺余無からんことを得ん。
1.9.2. 毛孔より化仏を出し衆生を度する (264). 我、阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、一切所有の身の諸の毛孔より、日々に常に諸の化仏出で、三十二相其の身を瓔珞し、八十種好次第に荘厳せん。 (265). 我まさに(化仏を)無仏世界に遣(つかわ)すべし。 (266). (我まさに化仏を)有仏世界に遣すべし。 (267). (我まさに化仏を)及び五濁界に遣すべし。 (268). もし彼の世界に五逆の人あり、正法を毀壊し、聖人を誹謗し、乃至諸の善根を断じ、声聞、縁覚、大乗を学ぶ者ありて、諸戒を毀破し、大罪に堕し、善心を焼滅し、善道を滅失し、生死の空曠(くうこう)の沢中に堕し、諸の邪道を行じ、罪山に登渉(とうしょう)するあらば、是の如き衆生百千万億、一一の化仏一日の中に遍く為に法を説かん。 (269). (化仏)或は摩醯首羅に奉事する者あらば、随って其の形を作(な)して而して為に法を説かん。 (270). (化仏)亦その時に於いて我が名字を称して之を讃嘆せん。 (271). 願わくは是の衆生、我を讃嘆するを聞いて、心に歓喜を生ぜん。 (272). (願わくは是の衆生我を讃嘆するを聞いて)諸の善根を種えん。 (273). (願わくは是の衆生我を讃嘆するを聞いて)我が世界に生まれん。
1.9.3. 臨終救度せずんば成仏せじとの誓い (274). 世尊よ、是の諸の衆生もし臨終の時、我其の前に在りて為に法を演説し心浄ならしめずんば、我未来に於いて終(つい)に阿耨多羅三藐三菩提を成ぜじ。 (275). もし彼の衆生命終の後、三悪道に堕し、我が国に生まれて人身を受けずんば、我が知る所の無量の正法悉くまさに滅失すべし。 (276). (もし彼の衆生命終の後三悪道に堕し、我が国に生まれて人身を受けずんば)所有の仏事皆成就せじ。 (277). 那羅延(ならえん)に事(つか)うる者も亦復是の如し(臨終に法を説き、悪道に堕せず、我が世界に生まれん)。
1.9.4. 他方の罪人を摂受し我が国に生まれさせ、及び仏事を示現する (278). 世尊よ、我、阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、願わくは他方世界の所有の五逆の人、乃至諸の邪道を行じ、罪山に登渉する、是の如き衆生命終の時、悉く来集して我が世界に生まれん。 (279). (願わくは其の)其の本相の受くる所の身色に随い(艾白(がいびゃく)にして潤い無く、面目醜陋(しゅうろう)にして、毘舎遮(びしゃしゃ)の如く、失念破戒、臭穢短命、此の諸悪を以て其の身を損減し、資生の所須常に供足せずと雖も、仍(なお)往生を得ん)。 (280). 是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に、兜率天より下らん。 (281). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)母胎に処するを現さん。 (282). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)乃至童子にして、諸の伎芸を学ばん。 (283). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)出家苦行せん。 (284). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)諸魔を破壊せん。 (285). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)無上道を成ぜん。 (286). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)正法輪を転ぜん。 (287). (是の衆生の故に、娑婆世界の諸の四天下に於いて、一時に)般涅槃の後舎利を流布せん。 (288). 是の如く種々の仏事を示現し、悉く皆是の如き百億の諸の四天下に遍満せん。
1.10. 一音にて法を説き普く群機を利するの願 (以下の諸願は皆「我、阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、一音にて法を説かんに」を前提とし、聞法せる衆生をして各々法益を得せしめんとするものなり) (289). 或る衆生ありて声聞乗を学するものは、仏の説法を聞きて、即ち声聞の法蔵を知るを得ん。 (290). 或る辟支仏乗を修学するものは、仏の説法を聞きて、便(すなわ)ち辟支仏の法を解することを得ん。 (291). 或る無上大乗を修学するものは、仏の説法を聞きて、便ち大乗の法純一無雑なるを解することを得ん。 (292). もし助菩提法を修集し菩提を得んと欲するものは、仏の説法を聞きて、即ち財を捨つることを得ん。 (293). (もし助菩提法を修集し菩提を得んと欲するものは、仏の説法を聞きて、即ち)布施を行ずることを得ん。 (294). もし衆生ありて諸の功徳を離れ、天上、人中の快樂を悕求(けく)するものは、仏の説法を聞きて、即ち持戒することを得ん。 (295). もし衆生ありて互いに怖畏し、愛瞋の心あるものは、仏の説法を聞きて、即ち相(あい)於いて親厚の心を生ずることを得ん。 (296). もし衆生ありて殺業を喜ぶものは、仏の説法を聞きて、即ち悲心を得ん。 (297). もし衆生ありて常に慳吝(けんりん)、嫉妬に心を覆わるるものは、仏の説法を聞きて、即ち喜心を修せん。 (298). もし衆生ありて端正無病にして、色に貪著し、心放逸なるものは、仏の説法を聞きて、即ち捨心を得ん。 (299). もし衆生ありて淫欲熾盛(しじょう)にして、其の心放逸なるものは、仏の説法を聞きて、即ち不浄を観ぜん。 (300). もし衆生ありて大乗を学する者、掉蓋(じょうがい)の覆う所となるものは、仏の説法を聞きて、即ち身念処の法を得ん。 (301). もし衆生ありて常に自ら称讃し、能く大論議し、其の智慧明らかなること抴電(えいでん)の如きものは、仏の説法を聞きて、即ち甚深十二因縁を解せん。 (302). もし衆生ありて寡聞少見にして、自ら能論と称するものは、仏の説法を聞きて、即ち不奪不失の諸陀羅尼を得ん。 (303). もし衆生ありて邪見山に入るものは、仏の説法を聞きて、即ち諸法甚深空門を解せん。 (304). もし衆生ありて諸覚心に覆うものは、仏の説法を聞きて、即ち深解無相法門を得ん。 (305). もし衆生ありて諸の不浄願其の心を覆蔽するものは、仏の説法を聞きて、即ち深解無作法門を得ん。 (306). もし衆生ありて心不清浄なるものは、仏の説法を聞きて、心清浄なることを得ん。 (307). もし衆生ありて多縁を以て心を覆うものは、仏の説法を聞きて、不失菩提心法を解することを得ん。 (308). もし衆生ありて瞋恚(しんに)心に覆うものは、仏の説法を聞きて、真実相を解せん。 (309). (もし衆生ありて瞋恚心に覆うものは、仏の説法を聞きて)授記莂(じゅきべつ)を得ん。 (310). もし衆生ありて依猗(いえ)心に覆うものは、仏の説法を聞きて、深解諸法無所依猗なることを得ん。 (311). もし衆生ありて愛染心に覆うものは、仏の説法を聞きて、疾(と)く諸法無垢清浄なるを解することを得ん。 (312). もし衆生ありて善心を忘失するものは、仏の説法を聞きて、深解日光三昧を得ん。 (313). もし衆生ありて諸の魔業を行ずるものは、仏の説法を聞きて、速やかに清浄の法を解了することを得ん。 (314). もし衆生ありて邪論心に覆うものは、仏の説法を聞きて、即ち深解増益正法を得ん。 (315). もし衆生ありて煩悩心に覆うものは、仏の説法を聞きて、即ち解了離煩悩法を得ん。 (316). もし衆生ありて諸の悪道を行ずるものは、仏の説法を聞きて、即ち回反することを得ん。 (317). もし衆生ありて大乗法に於いて邪法を賛説し、以て吉妙と為すものは、仏の説法を聞きて、即ち邪法に於いて退転心を生ぜん。 (318). (もし衆生ありて大乗法に於いて邪法を賛説し、以て吉妙と為すものは、仏の説法を聞きて)而して正解を得ん。 (319). もし菩薩ありて生死を厭(いと)うものは、仏の説法を聞きて、即ち生死に於いて心愛樂を生ぜん。 (320). もし衆生ありて善地を知らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち善地の法を覚了することを得ん。 (321). もし衆生ありて他の善を為すを見て好樂を生ぜず、妒嫉(としつ)を生ずるものは、仏の説法を聞きて、即ち心喜を得ん。 (322). もし衆生ありて其の心各各共(とも)に相(あい)違反するものは、仏の説法を聞きて、即ち無閡光明を得ん。 (323). もし衆生ありて諸の悪業を行ずるものは、仏の説法を聞きて、深解悪業所得果報を得ん。 (324). もし衆生ありて大衆を怖畏(ふい)するものは、仏の説法を聞きて、深得解了師子相三昧を得ん。 (325). もし衆生ありて四魔心に覆うものは、仏の説法を聞きて、疾(と)く首楞厳三昧(しゅりょうごんさんまい)を得ん。 (326). もし衆生ありて諸仏国土の光明を見ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち深解種々荘厳光明三昧を得ん。 (327). もし衆生ありて憎愛の心あるものは、仏の説法を聞きて即ち捨心を得ん。 (328). もし衆生ありて未だ仏法の光明を得ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち法幢三昧(ほうどうさんまい)を得ん。 (329). もし衆生ありて大智慧を離るるものは、仏の説法を聞きて、即ち法炬三昧(ほうこさんまい)を得ん。 (330). もし衆生ありて痴闇心に覆うものは、仏の説法を聞きて、即ち日灯光明三昧(にっとうこうみょうさんまい)を得ん。 (331). もし衆生ありて口に弁才無きものは、仏の説法を聞きて、即ち種々功徳応弁を得ん。 (332). もし衆生ありて色和合を観じ、堅固なること無く、猶水沫(すいまつ)の如きものは、仏の説法を聞きて、即ち那羅延三昧(ならえんさんまい)を得ん。 (333). もし衆生ありて心乱不定なるものは、仏の説法を聞きて、即ち堅牢決定三昧を得ん。 (334). もし衆生ありて仏頂を観ぜんと欲するものは、仏の説法を聞きて、即ち須弥幢三昧(しゅみどうさんまい)を得ん。 (335). もし衆生ありて本願を放捨するものは、仏の説法を聞きて、即ち堅牢三昧を得ん。 (336). もし衆生ありて諸通を退失するものは、仏の説法を聞きて、即ち金剛三昧を得ん。 (337). もし衆生ありて菩提場に於いて疑惑を生ずるものは、仏の説法を聞きて、即ち金剛道場を了達せん。 (338). もし衆生ありて一切法中に厭離心無きものは、仏の説法を聞きて、即ち金剛三昧を得ん。 (339). もし衆生ありて他心を知らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち他心を知らん。 (340). もし衆生ありて諸根中に於いて利鈍を知らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち利鈍を知らん。 (341). もし衆生ありて各各種類相解語せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち解了音声三昧を得ん。 (342). もし衆生ありて未だ法身を得ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち解了分別諸身を得ん。 (343). もし衆生ありて仏身を見ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち不眴三昧(ふしゅんさんまい)を得ん。 (344). もし衆生ありて諸縁を分別するものは、仏の説法を聞きて、即ち無諍三昧(むじょうさんまい)を得ん。 (345). もし衆生ありて転法輪に於いて、心疑惑を生ずるものは、仏の説法を聞きて、転法輪に於いて心清浄なることを得ん。 (346). もし衆生ありて無因邪行を起すものは、仏の説法を聞きて、即ち法明随順因縁を得ん。 (347). もし衆生ありて一仏世界に於いて常見を起すものは、仏の説法を聞きて、即ち善別無量仏土を得ん。 (348). もし衆生ありて未だ諸相の善根を種えざるものは、仏の説法を聞きて、即ち種々荘厳三昧を得ん。 (349). もし衆生ありて能く一切言語を善別せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち解了分別種々言音三昧を得ん。 (350). もし衆生ありて専心一切智慧を求むるものは、仏の説法を聞きて、即ち無所分別法界三昧を得ん。 (351). もし衆生ありて法に退転するものは、仏の説法を聞きて、即ち堅固三昧を得ん。 (352). もし衆生ありて法界を知らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち大智慧を得ん。 (353). もし衆生ありて本誓願を離るるものは、仏の説法を聞きて、即ち不失三昧を得ん。 (354). もし衆生ありて諸道を分別するものは、仏の説法を聞きて、即ち一道無所分別なることを得ん。 (355). もし衆生ありて智慧を推求し、虚空に同ぜんと欲するものは、仏の説法を聞きて、即ち無所有三昧を得ん。 (356). もし衆生ありて未だ諸波羅蜜を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち浄波羅蜜に住することを得ん。 (357). もし衆生ありて未だ四摂の法を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち妙善摂取三昧を得ん。 (358). もし衆生ありて四無量心を分別するものは、仏の説法を聞きて、即ち平等勤心精進を得ん。 (359). もし衆生ありて未だ三十七助菩提法を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち住不出世三昧を得ん。 (360). もし衆生ありて其の心失念及び善智慧なるものは、仏の説法を聞きて、即ち大海智印三昧を得ん。 (361). もし衆生ありて其の心疑惑し、未だ法忍を生ぜざるものは、仏の説法を聞きて、即ち諸法決定三昧を得ん、一法相の故に。 (362). もし衆生ありて聞く所の法を忘るるものは、仏の説法を聞きて、即ち不失念三昧を得ん。 (363). もし衆生ありて各各法を説き、相喜樂せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち清浄慧眼を得、疑網無からん。 (364). もし衆生ありて三宝中に信心を生ぜざるものは、仏の説法を聞きて、即ち功徳増長三昧を得ん。 (365). もし衆生ありて法雨に渇乏(かつぼう)するものは、仏の説法を聞きて、即ち法雨三昧を得ん。 (366). もし衆生ありて三宝中に断滅見を起すものは、仏の説法を聞きて、即ち諸宝荘厳三昧を得ん。 (367). もし衆生ありて智業を作(な)さず、精進に勤めざるものは、仏の説法を聞きて、即ち金剛智慧三昧を得ん。 (368). もし衆生ありて諸の煩悩の繋縛(けばく)する所となるものは、仏の説法を聞きて、即ち虚空印三昧を得ん。 (369). もし衆生ありて我・我所を計(けい)するものは、仏の説法を聞きて、即ち智印三昧を得ん。 (370). もし衆生ありて如来具足の功徳を知らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち世間解脱三昧を得ん。 (371). もし衆生ありて過去世に未だ仏を供養せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち種々神足変化を得ん。 (372). もし衆生ありて一法界門、未来世無量劫中に未だ之を説くことを得ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち一切諸法同一法界なるを解説することを得ん。 (373). もし衆生ありて諸一切修多羅中に未だ選択を得ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち諸法平等実相三昧を得ん。 (374). もし衆生ありて六和法を離るるものは、仏の説法を聞きて、即ち諸法三昧を解了することを得ん。 (375). もし衆生ありて不可思議解脱法門に精進に勤めざるものは、仏の説法を聞きて、諸通中に於いて、即ち師子遊戯三昧を得ん。 (376). もし衆生ありて如来蔵に分別し入らんと欲するものは、仏の説法を聞きて、更に他より聞かず、即ち如来蔵に分別し入ることを得ん。 (377). もし衆生ありて菩薩道に精進に勤めざるものは、仏の説法を聞きて、即ち智慧を得ん。 (378). (もし衆生ありて菩薩道に精進に勤めざるものは、仏の説法を聞きて)精進に勤行せん。 (379). もし衆生ありて未だ曾て本生経を見ざるものは、仏の説法を聞きて、即ち一切在在処処三昧を得ん。 (380). もし衆生ありて行道未だ竟(おわ)らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち受記三昧を得ん。 (381). もし衆生ありて未だ如来十力を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち無壊三昧を得ん。 (382). もし衆生ありて未だ四無所畏を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち無尽意三昧を得ん。 (383). もし衆生ありて未だ仏不共法を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち不共法三昧を得ん。 (384). もし衆生ありて未だ無愚痴見を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち願句三昧を得ん。 (385). もし衆生ありて未だ一切仏法の門を覚らざるものは、仏の説法を聞きて、即ち鮮白無垢浄印三昧を得ん。 (386). もし衆生ありて未だ一切智者を具足せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち善了三昧を得ん。 (387). もし衆生ありて未だ一切仏事を成就せざるものは、仏の説法を聞きて、即ち無量不尽意三昧を得ん。 (388). (是の如き等の衆生、仏法中に於いて各信解を得ん。) (389). 諸の菩薩ありて、其の心質直にして諂曲(てんごく)無きものは、仏の説法を聞きて、即ち八万四千の諸法門を得ん。 (390). (諸の菩薩ありて…仏の説法を聞きて、即ち)八万四千の諸三昧門を得ん。 (391). (諸の菩薩ありて…仏の説法を聞きて、即ち)七万五千の陀羅尼門を得ん。 (392). 無量無辺阿僧祇の菩薩摩訶薩にして大乗を修集する者は、是の説法を聞きて、亦是の如き無量の功徳を得ん。 (393). (無量無辺阿僧祇の菩薩摩訶薩にして大乗を修集する者は、是の説法を聞きて)不退転の地に安止住せん。 (394). (是の故に諸の菩薩摩訶薩、種々の荘厳堅牢を得んと欲する故に、不可思議の願を発す。) (395). (是の故に諸の菩薩摩訶薩、種々の荘厳堅牢を得んと欲する故に)不可思議の知見を増益し、以て自ら荘厳す。 (396). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)三十二相を以て荘厳する故に、八十随形好を得。 (397). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)妙音を以て荘厳する故に、諸の衆生の喜ぶ所に随って法を説き、法を聞く者をして知見を満足せしむ。 (398). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)心を以て荘厳する故に、諸三昧を得、退転を生ぜず。 (399). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)念を以て荘厳する故に、一切の諸陀羅尼を失せず。 (400). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)心を以て荘厳する故に、諸法を分別することを得。 (401). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)念を以て荘厳する故に、微塵等の義を解することを得。 (402). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)善心を以て荘厳する故に、堅固の誓願を得。 (403). (是の故に諸の菩薩摩訶薩、善心を以て荘厳する故に、)牢堅の精進を得。 (404). (是の故に諸の菩薩摩訶薩、善心を以て荘厳する故に、)其の願う所の如く彼岸に到ることを得。 (405). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)専心を以て荘厳する故に、次第に住を超過す。 (406). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)布施を以て荘厳する故に、諸の所須に於いて、悉く能く放捨す。 (407). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)持戒を以て荘厳する故に、心をして善白清浄無垢ならしむ。 (408). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)忍辱を以て荘厳する故に、諸の衆生に於いて、心に障閡無し。 (409). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)精進を以て荘厳する故に、一切の佐助、悉く成就することを得。 (410). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)禅定を以て荘厳する故に、一切三昧中に於いて師子遊戯を得。 (411). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)智慧を以て荘厳する故に、諸の煩悩習を知る。 (412). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)慈を以て荘厳する故に、専心一切衆生を念ず。 (413). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)悲を以て荘厳する故に、悉く能く衆生の苦を拔出す。 (414). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)喜を以て荘厳する故に、一切法に於いて、心に疑惑無し。 (415). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)捨を以て荘厳する故に、憍慢心を離るることを得、心に高下無し。 (416). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)諸通を以て荘厳する故に、一切法に於いて師子遊戯を得。 (417). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)功徳を以て荘厳する故に、不可尽蔵の宝手を得。 (418). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)智を以て荘厳する故に、諸の衆生の所有の諸心を知る。 (419). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)意を以て荘厳する故に、方便を以て一切衆生を惺悟す。 (420). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)光明を以て荘厳する故に、智慧眼明を得。 (421). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)諸弁を以て荘厳する故に、衆生をして法義応辞を得せしむ。 (422). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)無畏を以て荘厳する故に、一切諸魔留難すること能わず。 (423). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)功徳を以て荘厳する故に、諸仏世尊の所有の功徳を得。 (424). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)法を以て荘厳する故に、無閡弁を得、常に衆生の為に妙法を演説す。 (425). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)光明を以て荘厳する故に、一切仏法の光明を得。 (426). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)照明を以て荘厳する故に、能く諸仏世界を遍照す。 (427). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)他心を以て荘厳する故に、正智無乱を得。 (428). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)教誡を以て荘厳する故に、説く所の如く禁戒を護持することを得。 (429). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)神足を以て荘厳する故に、如意足を得て彼岸に到る。 (430). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)一切諸如来を受持するを以て荘厳する故に、如来無量法蔵に入ることを得。 (431). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)尊法を以て荘厳する故に、他智慧に随わざることを得。 (432). (是の故に諸の菩薩摩訶薩)一切善法に随行するを以て荘厳する故に、説くが如くにして行ずることを得。 (433). (是の故に諸の菩薩摩訶薩、一切善法に随行するを以て荘厳する故に、説くが如くにして行じ)是の如き衆生をして悉く是の如き等の功徳利益を得せしめんと欲す。 (434). もし無量無辺阿僧祇の菩薩摩訶薩ありて大乘を修集し、我が一句の法を説くを以ての故に、悉く是の如き白浄善法を具し、皆充足せしむ。 (435). 是を以ての故に、諸の菩薩摩訶薩、諸法中に於いて得る所の智慧は、他より聞かず。 (436). (是を以ての故に、諸の菩薩摩訶薩諸法中に於いて得る所の智慧は)大法光明を成就することを得。 (437). (是を以ての故に、諸の菩薩摩訶薩諸法中に於いて得る所の智慧は)阿耨多羅三藐三菩提を成ず。
1.11. 特定の悪業の衆生及び異なる根機の衆生に対する教化方法の願 (438). 世尊よ、もし衆生他方世界に於いて五逆罪を作(な)し、乃至四重禁を犯し、善法を焼滅し、もし声聞、縁覚、大乗を学ぶ者、願力を以ての故に、我が世界に生まれんと欲し、既に生まれ已(おわ)りて、復一切の諸不善業を取り、粗朴弊悪にして、其の心喜んで強梁難調を求め、専ら四倒を以て慳吝に貪著せば、是の如き等の衆生、八万四千の異性乱心、我まさに其の各各の異性の為に、広く八万四千の法聚を説くべし。 (439). 世尊よ、もし衆生ありて無上大乗を学せば、我まさに其の為に具足して広く六波羅蜜を説くべし、所謂檀波羅蜜、乃至般若波羅蜜なり。 (440). もし衆生ありて声聞乗を学び未だ善根を種えざる者、諸仏を願求して以て其の師と為さば、我まさに三帰依に安止すべし。 (441). 然る後に(声聞乗を学び未だ善根を種えざる者をして)六波羅蜜に住せしむるを勧めん。 (442). もし衆生ありて殺害を喜ぶ者あらば、我まさに不殺中に安止すべし。 (443). もし衆生ありて専ら悪貪を行ぜば、我まさに不盗中に安住すべし。 (444). もし衆生ありて非法邪淫せば、我まさに不邪淫中に安止すべし。 (445). もし衆生ありて各各故(ことさら)に誹謗妄語を作(な)さば、我まさに不妄語中に安止すべし。 (446). もし衆生ありて狂痴を樂しむ者あらば、我まさに不飲酒中に安止すべし。 (447). もし衆生ありて此の五事を犯さば、我まさに優婆塞五戒を受けしむべし。 (448). もし衆生ありて諸の善法に喜樂を生ぜざれば、我まさに其をして一日一夜八戒を受持せしむべし。 (449). もし衆生ありて善根少く、善根に於いて心に愛樂を生ぜば、我まさに其をして未来世に於いて、仏法中に出家学道せしむべし。 (450). (我まさに其をして未来世に於いて、仏法中に出家学道せしめ)梵浄十戒に住せしむるに安止すべし。 (451). もし衆生ありて諸の善根法を悕心(けしん)求(ぐ)せば、我まさに善根法中に安止すべし。 (452). (我まさに善根法中に安止し)梵行具足大戒を成就することを得せしむべし。 (453). 是の如き等の衆生、五逆罪を作し、乃至慳吝なる、是の衆生の為に、種々の門を以て、神足を示現せん。 (454). (是の衆生の為に、種々の門を以て)諸の句義を説かん。 (455). (是の衆生の為に、種々の門を以て)陰、界、諸入、苦、空、無常、無我を開示せん。 (456). (是の衆生の為に、種々の門を以て、陰界諸入等を開示し已(おわ)りて)善妙安隠寂滅無畏涅槃に住せしめん。 (457). 是の如き四衆、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の為に法を説かん。 (458). もし衆生ありて論議を聞かんと求むれば、我まさに正法論を説くべし。 (459). 乃至解脱を求むる者あらば、我まさに為に空無の論を説くべし。 (460). もし衆生ありて其の心正善法を樂しまざれば、我まさに為に営作衆事を説くべし。 (461). もし衆生ありて正善法に其の心愛樂せば、我まさに為に空三昧定を説き正解脱を示さん。 (462). 世尊よ、我是の如き一一の衆生の為に、要(かなら)ずまさに百千由旬を過ぎて神足を以てせず。 (463). (我是の如き一一の衆生の為に、要ずまさに百千由旬を過ぎて神足を以てせず)而して無量無辺種々の方便を開示するを以て、句義を解かんが為なり。 (464). (我是の如き一一の衆生の為に、要ずまさに百千由旬を過ぎて神足を以てせず、而して無量無辺種々の方便を開示するを以て)神足を示現せん。 (465). (我是の如き一一の衆生の為に、要ずまさに百千由旬を過ぎて神足を以てせず、而して無量無辺種々の方便を開示し、句義を解き、神足を示現し)乃至涅槃に至るまで、心に厭(いと)いを生ぜじ。
1.12. 般涅槃及び舎利にて衆生を度する長遠の願
1.12.1. 般涅槃及び正法・像法の住世 (466). 世尊よ、我三昧の力を以ての故に、第五分の得る所の寿命を捨てて般涅槃せん。 (467). 我その時に於いて、自ら其の身を分かつこと半葶藶子(はんていれきし)の如くし、衆生を憐愍(れんみん)する故に、般涅槃を求む。 (468). 般涅槃の後、所有の正法世に住すること千歳ならん。 (469). (般涅槃の後)像法世に住すること満五百歳ならん。
1.12.2. 涅槃後の衆生の舎利供養及び聞法の利益 (470). 我涅槃の後、もし衆生ありて、珍宝、伎楽を以て舎利を供養せば。 (471). (我涅槃の後、もし衆生ありて)乃至礼拝(舎利を)せば。 (472). (我涅槃の後、もし衆生ありて、乃至)右繞一匝(うにょういっそう)(舎利を)せば。 (473). (我涅槃の後、もし衆生ありて、乃至)合掌称嘆(舎利を)せば。 (474). (我涅槃の後、もし衆生ありて、乃至)一茎の華を散じ(舎利を供養)せば。 (475). 是の因縁を以て其の志願に随い、三乗中に於いて各不退転ならん。 (476). 我般涅槃の後、もし衆生ありて我が法中に於いて、乃至一戒、我が説く所の如く能く之を堅持せば。 (477). (我般涅槃の後、もし衆生ありて我が法中に於いて)乃至一四句偈を読誦し他人の為に説かば。 (478). (我般涅槃の後、もし衆生ありて我が法中に於いて、乃至一四句偈を読誦し他人の為に説き)彼の聴く者をして心に歓喜を生ぜしめば。 (479). (我般涅槃の後、もし衆生ありて我が法中に於いて、乃至一四句偈を読誦し他人の為に説き、彼の聴く者をして心に歓喜を生ぜしめ已(おわ)りて)法師を供養し、乃至一華一礼せば。 (480). 是の因縁を以て、其の志願に随い三乗中に於いて各不退転ならん。
1.12.3. 正法滅後の舎利の変化及び利益 (481). 乃至法炬(ほうこ)滅し、法幢(ほうどう)倒れん。正法滅し已(おわ)りて、我が舎利尋(つ)いで地に没して金剛際に至らん。 (482). その時娑婆世界珍宝空無ならん、我が舎利変じて意相瑠璃宝珠と成り、其の明焔盛んにして金剛際より世間に出で、上は阿迦尼吒天に至らん。 (483). (舎利宝珠)種々の華(曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、波利質多華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華)を雨(ふら)さん。 (484). (舎利宝珠種々の華を雨らす時)浄光明ありて大なること車輪の如く、百葉、千葉、或は百千葉、或は百千華にして、其の光遍く照らさん。 (485). (舎利宝珠の雨らす所の華)復好香ありて微妙にして常に敷き、観る者厭(いと)うこと無けん。 (486). 其の明焔盛んにして称計すべからず、微妙の香無量無辺にして、純(もっぱ)ら是の如き無量の諸華を雨らさん。 (487). 其の雨らす時、当(まさ)に、復種々の微妙の音声(仏声、法声、比丘僧声、三帰依声、優婆塞戒声、成就八戒声、出家十戒声、布施声、持戒声、清浄梵行具大戒声、佐助衆事声、読経声、禅思惟声、観不浄声、念出入息声、非想非非想声、有想無想声、識処声、空処声、八勝処声、十一切入声、定慧声、空声、無相声、無作声、十二因縁声、具足声聞蔵声、学縁覚声、具足大乗六波羅蜜声)を出さん。 (488). 色界の諸天皆悉く之を聞き、(願わくは其の)本昔所作の諸の善根本、各自憶念せん。 (489). (色界の諸天皆悉く之を聞き、願わくは其の)所有の不善尋(つ)いで自ら悔責せん。 (490). (色界の諸天皆悉く之を聞き、願わくは其の)即便(すなわち)娑婆世界に来下し、世間の無量の衆生を教化し、悉く十善中に住することを得せしめん。 (491). 欲界の諸天も亦聞受することを得、(願わくは其の)所有の愛結貪喜五欲、諸の心数法悉く寂静なることを得ん。 (492). (欲界の諸天も亦聞受することを得、願わくは其の)本昔所作の諸の善根本、各自憶念せん。 (493). (欲界の諸天も亦聞受することを得、願わくは其の)所有の不善尋いで自ら悔責せん。 (494). (欲界の諸天も亦聞受することを得、願わくは其の)即便娑婆世界に来下し、世間の無量の衆生を教化し、悉く十善中に住することを得せしめん。 (495). 是の如き諸華虚空中に於いて、復まさに種々の珍宝(金銀、摩尼、真珠、瑠璃、珂貝、璧玉、真宝、偽宝、瑪瑙、珊瑚、天冠、宝飾)と化作し、雨の如く下り、一切遍く娑婆世界に満ちん。 (496). (願わくは)その時、人民其の心和悦ならん。 (497). (願わくはその時、人民)諸の闘諍無からん。 (498). (願わくはその時、人民諸の)飢餓無からん。 (499). (願わくはその時、人民諸の)疾病無からん。 (500). (願わくはその時)他方の怨賊、悪口諸毒、一切消滅し皆寂静なることを得ん。 (501). その時、世界是の如き楽あらん。 (502). もし衆生ありて諸の珍宝を見、もし触れもし用いなば、(願わくは其の)三乗中に於いて退転あること無けん。 (503). 是の諸の珍宝是の利益を作(な)し、利益を作し已(おわ)りて、還(ま)た地に没し、本住処金剛際に至らん。
1.12.4. 三災の時の舎利の変化及び利益 (504). 世尊よ、娑婆世界兵劫(ひょうこう)起る時、我が身の舎利復まさに紺瑠璃珠と化作し地より出で、上は阿迦尼吒天に至らん。 (505). (我が身の舎利復まさに紺瑠璃珠と化作し)種々の華、曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、波利質多華を雨らさん。 (506). (衆生を利益し)乃至還た地に没し、本住処金剛際に至るも、亦復是の如し。 (507). 世尊よ、刀兵劫(の舎利変化救度)の如く、飢餓(劫起る時、舎利変化も亦復是の如し)。 (508). (刀兵劫、飢餓劫の如く、舎利変化救度す)、疾疫(劫起る時、舎利変化も亦復是の如し)。 (509). 世尊よ、是の如き大賢劫中に、我般涅槃の後、是の諸の舎利是の如き仏事を作(な)し、(願わくは能く)無量無辺の衆生を調伏し、三乗中に於いて不退転を得せしめん。 (510). 是の如くまさに五仏世界の微塵数等の大劫の中に於いて、(願わくは能く)無量無辺の衆生を調伏し、三乗に於いて不退転を得せしめん。
1.12.5. 長遠劫後の所化の衆生の成仏及び因縁を讃嘆する (511). 世尊よ、もし後千恒沙等の阿僧祇劫を満たし、十方無量無辺阿僧祇の余世界に於いて、仏と成り出世する者は、悉く是れ我阿耨多羅三藐三菩提を修する時、教化し初めて阿耨多羅三藐三菩提心を発(おこ)さしめ、六波羅蜜に住せしむる所の者なり。 (512). 世尊よ、我阿耨多羅三藐三菩提を成り已(おわ)りて、勧化する所にして阿耨多羅三藐三菩提心を発さしめ、六波羅蜜に住せしめ、及び涅槃の後舎利変化し、所化の衆生をして阿耨多羅三藐三菩提心を発さしむる者は、是の諸の衆生千恒河沙等の阿僧祇劫を過ぎ、十方無量無辺阿僧祇世界に仏と成り出世せば、(願わくは其の)皆まさに我が名字を称して説いて讃嘆せん。「過去久遠に劫あり賢と名づく、初めて劫に入る時、第四の世尊名づけて某甲(それがし)と曰(い)う。彼の仏世尊我等を勧化し、初めて阿耨多羅三藐三菩提心を発さしめたまえり。我等その時善心を焼滅し、不善根を集め、五逆罪乃至邪見を作(な)せり。彼の仏その時我等を勧化し、六波羅蜜に安住することを得せしめたまえり。是に因りて即ち一切陀羅尼門を解了し、正法輪を転じ、生死の縛を離れ、無量無辺百千の衆生をして、勝果に安住せしめ、復無量百千の衆生をして、天人乃至解脱果に安止せしめたまえり」と。 (513). もし衆生ありて菩提道を求め、我が讃嘆を聞き已(おわ)りて、各仏に問わん。「彼の仏世尊何れの義利を見て、重き五濁悪世の中に於いて、阿耨多羅三藐三菩提を成ぜるや」と。是の諸の世尊、即便(すなわち)是の菩提道を求むる善男子、善女人に向い、我が往昔成ぜし大悲、初めて阿耨多羅三藐三菩提心を発し、世界を荘厳し及び妙善願の本起因縁を説かん。 (514). 是の人聞き已(おわ)りて、其の心驚愕し未曾有と嘆じ、(願わくは其の)尋(つ)いで妙願を発せん。 (515). (是の人聞き已りて、其の心驚愕し未曾有と嘆じ、願わくは其の)諸の衆生に於いて大悲心を生ずること、我と異なること無けん。 (516). (是の人聞き已りて、其の心驚愕し未曾有と嘆じ、願わくは其の)是の願言を作(な)さん。「其の是の如き重き五濁世あり、其の中の衆生五逆罪を作し、乃至諸の不善根を成就せば、我まさに其の中に於いて之を調伏すべし」と。 (517). 彼の諸の世尊、是の諸人の大悲を成就し、五濁世に於いて諸の善願を発せるを以て、(願わくは其の)其の求むる所に随って而して授記を与えん。 (518). 世尊よ、彼の仏世尊、復大乗を修学する諸人の為に、我が舎利の作(な)せる変化の本起因縁を説かん。「過去久遠に仏世尊ありて号字(ごうじ)を某甲(それがし)と曰(い)う。般涅槃の後、刀兵疾病飢餓劫起れり。我等その時其の劫中に於いて諸の苦悩を受く。是の仏の舎利我等が故に、種々の神足師子遊戯を作(な)せり。是の故に我等即ち阿耨多羅三藐三菩提心を発し、諸の善根を種え、精勤修集して六波羅蜜を行ずること、上の広説の如し」と。
2. 「五百の誓願」後の補足の弘誓 (衆生の苦を代受し及び授記を請求する)
(その時、宝海梵志、宝蔵仏の所、諸天大衆人非人(にんびにん)の前に在りて、尋(つ)いで大悲の心を成就し、広大無量にして、五百の誓願を作(な)し已(おわ)りて、復仏に白(もう)して言(もう)さく、)
2.1. もし先きの弘願成ぜずんばの誓い (519). 世尊よ、もし我が所願成ぜず、己利(こり)を得ずんば、我すなわち未来の賢劫の重き五濁悪、互いに闘諍し、末世の盲痴にして、師と咨(はか)る所なく、教誡あることなく、諸見に堕し、大黒闇中に五逆悪をなす、上説の中に於いて所願を成就し、仏事を作(な)さじ。 (520). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)我今すなわち菩提の心を捨てん。 (521). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)亦他方の仏土に諸の善根を殖(う)ゆることを願わじ。 (522). 世尊よ、我今是の如く専心なり、(もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)是の(已に修せし)善根を以て(他方の仏土或は誓願の濁世に非ずして)阿耨多羅三藐三菩提を成ぜじ。 (523). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)亦辟支仏乗を願求せじ。 (524). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)亦復声聞乗と作(な)ることを願わじ。 (525). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、作(な)ることを願わじ)天王と。 (526). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、作(な)ることを願わじ)人王と。 (527). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)五欲を貪樂し天人中に生ずることを願わじ。 (528). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば)乾闥婆を求めじ。 (529). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)阿修羅を求めじ。 (530). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)迦楼羅を求めじ。 (531). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)緊那羅を求めじ。 (532). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)摩睺羅伽を求めじ。 (533). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)夜叉を求めじ。 (534). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)羅刹を求めじ。 (535). (もし我が所願成ぜず己利を得ずんば、)諸の龍王等を求めじ。 (536). 是の善根を以て是の如き諸処を求めじ。
2.2. もし先きの弘願成就し、善根己利成就せばの誓い(衆生の苦を代受する) (世尊よ、もし大富を得るは施を以て因と為し、もし天に生まるるは戒を以て因と為し、もし大智を得るは広学を以て因と為し、もし煩悩を断ずるは思惟を以て因と為す。仏の言(のたま)わくが如し、「是の如き等の事は皆是れ己利功徳の人、則ち能く其の求むる所に随って皆悉く之を得」と。)
2.2.1. 地獄の衆生のために苦を抜き苦を代受する (537). 世尊よ、もし我が善根成就し己利を得ば、我が所有の布施持戒、多聞思惟悉くまさに成就すべし。是の果報を以て皆地獄の一切衆生の為とせん。 (538). もし衆生ありて阿鼻地獄に堕ちなば、是の善根を以て、まさに之を拔済すべし。 (539). (阿鼻地獄の拔済せられし衆生をして)人中に生まれしめん。 (540). (人中に生まれし衆生をして)仏の説法を聞きて即ち開解することを得せしめん。 (541). (聞法開解せる衆生をして)阿羅漢と成ぜしめん。 (542). (阿羅漢と成ぜし衆生をして)速やかに涅槃に入らしめん。 (543). 是の諸の(阿鼻地獄の)衆生もし業報未だ尽きざれば、我まさに寿を捨てん。 (544). (業報未だ尽きざる衆生の為に)阿鼻獄に入りて苦悩を代受せん。 (545). 願わくは我が身の数、一仏世界の微塵の如くならしめよ。 (546). (願わくは)一一の身、須弥山の如く等しからしめよ。 (547). (願わくは)是の一一の身、諸の苦樂を覚ること、我が今の身の覚る所の苦樂の如くならしめよ。 (548). (願わくは)一一の身、一仏世界の微塵数等の如き、種々の重悪苦悩の報を受けん。 (549). 我まさに今一仏世界の微塵等の如き、十方諸仏世界の所有の衆生にして、五逆悪を作(な)し不善業を起し、乃至まさに阿鼻地獄に堕つべき(者の為に)、阿鼻地獄に於いて諸苦を代受すべし。 (550). 我まさに後一仏世界の微塵等の大劫の如きを過ぎ、十方諸仏世界微塵数等の所有の衆生にして、五逆悪を作し不善業を起し、まさに阿鼻地獄に堕つべき者の為に、阿鼻地獄に於いて諸苦を代受すべし。 (551). (我が代受する所の苦の)一切衆生をして地獄に堕せざらしめん。 (552). (我が代受する所の苦の衆生をして)諸仏に値遇(ちぐう)せしめん。 (553). (我が代受する所の苦の衆生をして)妙法を咨受(しじゅ)せしめん。 (554). (我が代受する所の苦の衆生をして)生死を出でしめん。 (555). (我が代受する所の苦の衆生をして)涅槃城に入らしめん。 (556). 我今要(かなら)ずまさに是の(まさに地獄に堕ち五逆悪を作せる)衆生に代りて、久久(くく)常に阿鼻地獄に処すべし。
2.2.2. 他の悪道及び人中の苦難の衆生のために苦を代受する (557). 復次に、一仏世界の微塵数等の如き、十方世界の所有の衆生、悪業成就し、必ずまさに果を受くべく、火炙地獄(かしゃじごく)に堕つるもの、(我も亦阿鼻地獄の如く彼の為に苦を代り、其をして解脱せしめん、下も同じ)。 (558). (我まさに同上の数量の衆生にして)所説の炙地獄に堕つる(者の為に苦を代らん)。 (559). (我まさに同上の数量の衆生にして)摩訶盧獦地獄(まかるぎゃじごく)に堕つる(者の為に苦を代らん)。 (560). (我まさに同上の数量の衆生にして)逼迫地獄(ひっぱくじごく)に堕つる(者の為に苦を代らん)。 (561). (我まさに同上の数量の衆生にして)黒縄地獄(こくじょうじごく)に堕つる(者の為に苦を代らん)。 (562). (我まさに同上の数量の衆生にして)想地獄(そうじごく)に堕つる(者の為に苦を代らん)。 (563). (我まさに同上の数量の衆生にして)及び種々の畜生(なる者の為に苦を代らん)。 (564). (我まさに同上の数量の衆生にして、)餓鬼(なる者の為に苦を代らん)。 (565). (我まさに同上の数量の衆生にして、)貧窮(なる者の為に苦を代らん)。 (566). (我まさに同上の数量の衆生にして、)夜叉(なる者の為に苦を代らん)。 (567). (我まさに同上の数量の衆生にして、)拘槃茶(くはんだ)(なる者の為に苦を代らん)。 (568). (我まさに同上の数量の衆生にして、)毘舎遮(びしゃしゃ)(なる者の為に苦を代らん)。 (569). (我まさに同上の数量の衆生にして、)阿修羅(なる者の為に苦を代らん)。 (570). (我まさに同上の数量の衆生にして、)迦楼羅等も、皆亦是の如し(彼の為に苦を代らん)。 (571). 世尊よ、もし一仏世界の微塵数等の如き、十方世界に、所有の衆生ありて、悪業を成就し、必ずまさに報を受くべく、人中に生まれ、聾(ろう)(なる者)あらば、我も亦まさに是の如き衆生に代りて、諸罪を受けんこと、上の説く所の如し。 (572). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)盲(なる者の為に、諸罪を受けん)。 (573). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)喑啞(いんあ)(なる者の為に、諸罪を受けん)。 (574). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)無手(なる者の為に、諸罪を受けん)。 (575). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)無脚(なる者の為に、諸罪を受けん)。 (576). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)心乱失念(なる者の為に、諸罪を受けん)。 (577). (我も亦同上の数量及び状況にして、人中に生まれ)不浄を食啖(じきだん)する(者の為に、諸罪を受けん)。 (578). 復次に、もし衆生ありて阿鼻地獄に堕ち諸の苦悩を受くるあらば、我まさに久久是の衆生に代りて諸の苦悩を受けん、生死の衆生の受くる所の陰(の苦)の如し。 (579). (我まさに久久是の阿鼻地獄の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の生死の衆生の受くる所の)界(の苦を代り受けん)。 (580). (我まさに久久是の阿鼻地獄の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の生死の衆生の受くる所の)諸入(の苦を代り受けん)。 (581). (我まさに久久)畜生(道の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (582). (我まさに久久)餓鬼(道の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (583). (我まさに久久)貧窮(の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (584). (我まさに久久)夜叉(の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (585). (我まさに久久)拘槃茶(の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (586). (我まさに久久)毘舎遮(の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (587). (我まさに久久)阿修羅(の衆生に代りて諸の苦悩を受け、其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。 (588). (我まさに久久)迦楼羅等も、皆亦是の如し(其の陰、界、諸入の苦を代り受けん)。
2.3. 諸仏に作証、授記及び瑞相の示現を請求する誓い (589). 世尊よ、もし我が所願成就し己利を逮得(たいとく)し、阿耨多羅三藐三菩提を成ずること、上の願う所の如くならしめば、(願わくは)十方無量無辺阿僧祇世界、在在処処現在の諸仏、衆生の為に法を説くもの、悉くまさに我が為に作証すべし。 (590). (願わくは)亦是れ諸仏の知見する所(我が誓願及び未来の成就)ならしめよ。 (591). 世尊よ、惟(ただ)願わくは今者(こんにち)(宝蔵仏)我に阿耨多羅三藐三菩提の記を与えたまえ。 (592). (願わくは我)賢劫中に於いて、人寿百二十歳の時、仏と成り出世せん。 (593). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)如来。 (594). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)応供。 (595). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)正遍知。 (596). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)明行足。 (597). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)善逝。 (598). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)世間解。 (599). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)無上士。 (600). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)調御丈夫。 (601). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)天人師。 (602). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)仏。 (603). (願わくは我成仏の時具足せる名号は)世尊。 (604). 世尊よ、もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、此の大衆(如来を除く)をして皆まさに涕泣(ていきゅう)せしめよ。 (605). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、)及び諸天龍をして(皆まさに涕泣せしめよ)。 (606). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、)阿修羅等をして(もし地虚空に処せば、皆まさに涕泣せしめよ)。 (607). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、)唯如来を除いて、其余の一切皆まさに涕泣せしめよ。 (608). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆及び天龍阿修羅等をして)悉く我が前に於いて、頭面作礼せしめよ。 (609). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして)讃じて言(のたま)わしめよ。「善哉、善哉、大悲成就せること能く及ぶもの無し」と。 (610). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして讃じて言わしめよ、)「念甚深なることを得、諸の衆生の為に、是の深悲を生じ、堅固の誓願を発せり」と。 (611). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして讃じて言わしめよ、)「汝今作(な)す所他教に由らず、専心大悲を以て一切を覆護し、五逆の諸不善人を摂取す」と。 (612). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして讃じて言わしめよ、)「汝の善願我今悉く知る」と。 (613). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして讃じて言わしめよ、)「汝初めて阿耨多羅三藐三菩提心を発する時、已に衆生の為に大良薬と作(な)り、帰依擁護の舎宅と作(な)り、衆生をして解脱を得せしめんが故に、是の誓願を作(な)せり」と。 (614). (もし我必ず能く是の如き仏事を成就し、我が願の如くならしめば、大衆等をして讃じて言わしめよ、)「汝今願う所己利を得ば、如来汝の為に阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたまわん」と。』
(「五百の誓願」後の補足の弘誓終了、この部分は合計 614 - 518 = 96 条の細分された願望。)
総計(転輪聖王が話す直前まで):614 条の細分された願望。
結語: 是の語を説き已(おわ)る時、転輪聖王無量清浄、尋(つ)いで座より起ちて悲泣し涙出で、叉手合掌し、是の梵志に向い、頭面敬礼して、偈を説いて言(のたま)わく、 「汝が今の所願は、堅固にして甚深なり、 己(おの)が楽を放捨して、諸の衆生の為に、 大悲心を起して、我等が為に現したまえり、 諸法の真実にして、妙勝の相を。」